ショコラ: 「ただいま戻りましたー!」 バニラ: 「ただいま戻りー」 嘉祥: 「おーお帰り、二匹とも」 嘉祥: 「配達先もお金も大丈夫だったか?」 ショコラ: 「もちろんです! ばっちり完璧なデリバリーでした!」 バニラ: 「無事、任務達成。パーフェクト」 ショコラ: 「なんて言ったって、ショコラたちは――」 ショコラ: 「立派な鈴持ちのネコですから♪」 バニラ: 「鈴持ちのネコが二匹揃えば心配なんて不要」 ショコラとバニラの首で真新しい鈴がキラリと光る。 ショコラには銀色の鈴。 バニラには金色の鈴。 二匹とも一人前のネコの証を自慢気に笑顔を咲かせていた。 嘉祥: 「まぁギリギリではあったけどな」 ショコラ: 「ギリギリでも合格は合格ですから♪」 バニラ: 「一発合格の確率は5%程度って言ってた」 バニラ: 「それにショコラと私は最年少合格ネコ。もっと褒めていいと思う」 嘉祥: 「分かってるよ。お前らはソレイユの立派な看板ネコたちだ」 そう答えていつものように頭を撫でてやる。 実は初回は常連さんにお願いして配達させてもらったり。 自分の携帯を持たせたり、鈴のGPSで数分置きに安全を確認したり。 いっそ後ろから付いて行きたくもあったけど、それはさすがに自重して。 初めてのお使いに、飼い主の俺の方が心配でそわそわしっぱなしだった。 ショコラ: 「ちゃんとご近所さんのヒトたちにも、元気に挨拶しました!」 バニラ: 「歩く看板ネコのお陰で、お店の宣伝もバッチリ」 バニラ: 「お店の売上が上がったらきっと、私たちにもご褒美があるはずと信じて」 ショコラ: 「わーい♪ ショコラはご主人さまとお風呂入れる権でいいです!」 ショコラ: 「あ、でもお洋服とかも買ってもらえたら嬉しいです♪ たまにでいいので!」 バニラ: 「私もお洋服欲しい。多少はご主人のヘンタイ趣味でも我慢する」 嘉祥: 「一応ツッコんどくけど、俺がいつそんな趣味を持った」 バニラ: 「一応ボケておいた方がいいかと思って。鈴持ちとして」 鈴は芸人の資格じゃないと思ったけどなぁ。 これも鈴の資格勉強で増えたボキャブラリーなんだろうか。 元と変わってない気もするけど。 嘉祥: 「分かった、何か考えとく。あんまり期待はすんなよ?」 ショコラ: 「うわーい! ご主人さま大好きー!」 バニラ: 「ご主人、最高……!」 お風呂は却下だけど。 でも言っても面倒そうなので黙っておく。 ショコラ: 「にゃーん♪ でもご主人さまが喜んでくれて嬉しいですにゃー♪」 ショコラ: 「『お前らはソレイユの立派な看板ネコたちだ』」 ショコラ: 「にゃんてにゃんて~! もう、ショコラ死にそうですにゃ~♪」 嘉祥: 「いてっ! いてっ! ちょ、痛いって!」 バニラ: 「これでご主人も私たち無しではいられない身体に」 ショコラ: 「にゃんとそんにゃことも!? 鈴ってすごい! すごいんだね!!」 嘉祥: 「ショコラをわざわざ誤解させる言い方すんな」 ショコラ: 「やっぱりそうデスヨネー。鈴もらったくらいじゃネー。あはは……」 バニラ: 「あ、ショコラが強烈にしぼんだ」 嘉祥: 「だから言っただろボケ芸人」 バニラ: 「ご主人の株が上がり過ぎてたからちょうどいい」 バニラ: 「ショコラならすぐに元にもどるし」 バニラ: 「それにしょぼくれてるショコラも可愛い」 嘉祥: 「クレバーだなぁ」 まぁ確かに俺も同意だけど。 しょぼくれてるのも可愛いっちゃ可愛いし。 嘉祥: 「あ、材料足りなくなりそうだし休憩中に買い物行かないとな」 ショコラ: 「お買い物! ショコラも行きます! お買い物デート!!」 バニラ: 「ほらもう元通り」 嘉祥: 「じゃあ時間もないしとっとと行かないとな」 ショコラ: 「はーい、お着替えしてきまーす♪」 今日もソレイユは平常運転だった。 ショコラ: 「あれ、今日もたこ焼き屋さんいないんですね?」 バニラ: 「開店前にしか会ったことない」 嘉祥: 「休日とか、人が多い時だけなのかもな」 ショコラ: 「あの仔ネコちゃんもウチのお店に来て欲しいのににゃあ」 バニラ: 「渡す用のショップカード持ってるのに残念」 嘉祥: 「まぁそのうち会うこともあるだろ」 嘉祥: 「この先もまだまだ時間はあるんだし」 ショコラ: 「そうですね、まだまだ、あるんですもんね♪」 バニラ: 「私たちの戦いはまだまだこれから」 歩き慣れた公園通りを横切っていく。 今日も海沿いの緩やかな風が吹いている。 ショコラ: 「ん~ここの風、気持ち良いですよね。ショコラ大好きです」 バニラ: 「住めば都。新しい街も悪くない」 薄く潮の香りがする風に目を細める二匹。 後ろを振り返ると視界の端にベンチが入ってくる。 嘉祥: 「じゃあまだ時間あるし、ちょっと休んでくか?」 ショコラ: 「わぁいいですねー♪ 休んできましょう!」 バニラ: 「では私は飲み物買ってくる。健気にも。お金下さい」 嘉祥: 「ありがとうございます、バニラ嬢」 健気な看板ネコにお金を渡す。 バニラが軽い足取りで自販機へと向かって行った。 ショコラ: 「前もここでおんなじように座りましたね」 嘉祥: 「そうだな、同じように座ったな」 引越の翌日のこと。 もうずいぶん前のことみたいだ。 嘉祥: 「あれから一人だったら、どうなってたんだろうなぁ」 ショコラ: 「どうなってたんでしょうねぇ」 ショコラ: 「でも、ひとつだけ確かなのは、そんなこと考えても意味ないってことです」 ショコラが目を細めて俺を覗きこんで来る。 嘉祥: 「そうだな。たら、れば、って言ってもな」 ショコラ: 「そういうことじゃなくて、ですよ?」 嘉祥: 「そういうことじゃなくてって……」 嘉祥: 「……どういう意味だ?」 意図が分からずに聞き返すと、 もっと目を細めて、いたずらっぽく微笑んで見せた。 ショコラ: 「どんなことになってても、ショコラは絶対にご主人さまのところに来ましたから」 ショコラ: 「だから、『一人だったら』なんて考えても意味ないんです」 嘉祥: 「……ショコラ」 思わず心臓が大きく跳ねる。 ……顔が熱い。 これ以上なく真っ直ぐな笑顔が、まともに見れなくて。 逸らした視線の先で、銀色の鈴が目に入る。 ……ずっと娘みたいだと思ってたけど、日々成長してるんだよな。 そんな当たり前のことを改めて実感する。 深呼吸をひとつして、顔の火照りを冷ます。 嘉祥: 「ああ、これからもずっと傍にいてくれ」 嘉祥: 「ショコラがいてくれると元気が出てくるから」 俺も素直な言葉を返して。 いつもより優しくショコラの頭を撫でて応える。 ショコラ: 「ご、ご主人さま……!? へぇっ……? ふぁっ……!」 ショコラ: 「…………っ」 嘉祥: 「ん? ショコラ、どうした?」 ショコラ: 「にゃ、にゃんでも……にゃい、です……! その、はい……!」 嘉祥: 「なんでもないって、でも」 ショコラ: 「ほ、ほんとに……! にゃんでも、ないんです……!」 ショコラ: 「その、ご主人さまから……何かすごく甘い匂いがして、とろーんって……」 嘉祥: 「甘い匂いって……え?」 自分で自分を匂ってみる。 もちろん甘い匂いなんかするわけもない。 ショコラ: 「甘いっていうか……くらくら? ほわーんって感じがして……」 ショコラ: 「で、でも、イヤとかじゃないんですよ? むしろすごく心地いいっていうか……」 ショコラ: 「あ、こないだのまたたびに近いかも……はぁぅぅ~……」 熱のこもった長い溜息。 赤く火照った顔をうつむかせながら。 上目遣いでとろけた瞳を向けてくる。 ショコラ: 「ご主人さま……? ショコラは……その、もっと、もっと頑張りますから……」 ショコラ: 「ご主人さまが、もっと元気でいてくれるように……頑張りますから……」 胸の前で両手をぎゅっと握らせて。 眉を寄せながら切ない声を俺へ向ける。 ……何か、いつもと違う雰囲気。 喜んではいるのは分かるけど、何かを堪えてるというか。 いつもの元気なショコラらしくない、熱っぽい感じで。 これって、まるで―― バニラ: 「ショコラ?」 ショコラ&バニラ: 『「ふにゃああぁあぁぁっ!?」\n「ふにゃあぁぁっ!?」』 嘉祥: 「うわぁっ!?」 ショコラ: 「び、ビックリ! ビックリしたぁっ!! にゃにするのバニラはもうっ!!」 バニラ: 「おぉ、これが言い掛かり。濡れ衣とも言うもの」 嘉祥: 「お、俺も驚いたお前らに驚いた……!」 バニラ: 「私を使いっぱにして二人でイチャイチャしてるから悪い」 嘉祥: 「別にいつものことだろ、ショコラの頭撫でることなんて」 バニラ: 「匂いが違った。ネコの鼻は騙せない。くんくん」 バニラ: 「とりあえずショコラとご主人の間に私は座ろうと思う。空けて」 バニラ: 「空けてくれないなら実力行使。そのまま座る」 嘉祥: 「いやいやいや。重いんですけどバニラさん」 バニラ: 「重くない。ご主人は失礼」 嘉祥: 「そうじゃなくてだな」 ショコラ: 「にゃー! ご主人さまの上ズルい! ショコラも乗る! 乗ります!」 ショコラ: 「ご主人さまの片足下さい! そしたら平等!」 バニラ: 「これヒトは『両手に花』って言うって私知ってる」 嘉祥: 「その前に社会には公序良俗っていう概念があってな」 嘉祥: 「とりあえず降りて欲しい。わりと本気で」 バニラ: 「嬉しいくせに。却下」 ショコラ: 「じゃあショコラも却下します~ごろごろ~♪」 いつの間にかすっかりいつも通りのショコラに。 まぁ元気になったなら何よりってことだけど……。 結局、休憩らしい休憩は無いまま、 ネコたちの相手をしてただけで時間が過ぎていった。 バニラ: 「ショコラ。この伝票、ご主人にお願い」 ショコラ: 「あ、う、うん、分かった! 行ってくるね!」 ショコラ: 「ご主人さま、これ明日のオーダー伝票です」 嘉祥: 「了解、後で確認しとく」 ショコラ: 「分かりました、いつもの場所に入れときますね」 ショコラ: 「…………(じー)」 ショコラ: 「…………」 ショコラ: 「…………(ぴとっ)」 嘉祥: 「…………ん?」 ショコラ: 「くんくん、くんくんくん……」 ショコラ: 「すーはぁ~……すぅぅーはぁぁ~……♪」 嘉祥: 「…………あの、ショコラさん?」 ショコラ: 「にゃんでしょうか、ご主人さまぁ~……?」 嘉祥: 「いや、にゃんでしょうか、じゃなくて……」 ショコラ: 「んん~? んんん~~?」 ショコラ: 「にゃっ!? にゃにゃにゃぁっ!?」 ショコラ: 「にゃ、にゃんでご主人さまの背中とショコラが合体してるのですかっ!?」 ショコラ: 「ご主人さまっ、ショコラに背中押し付けちゃダメにゃのですよっ!?」 嘉祥: 「いやいやいや。ショコラがくっついて来たろ、明らかに」 ショコラ: 「へっ……? ショコラが? ご主人さまに?」 嘉祥: 「うん。そう」 ショコラ: 「んん……? んんんん……?」 ショコラ: 「……そう言われてみれば、そんな気も……?」 必死に頭を抱えながら首をひねる。 ……なんか悪い病気にでもかかってしまったんだろうか? つい数秒前のことなんだけども。 嘉祥: 「何か調子悪いのか?」 嘉祥: 「休憩後から上の空っぽかったけど」 ショコラ: 「だ、大丈夫です! ショコラはもう鈴持ちのネコにゃんですのよ?」 ショコラ: 「とりあえず、伝票そこに置いときましたから! では!」 嘉祥: 「……まぁ、本人が大丈夫って言うならいいか」 仕事では特にミスをしてるわけでもなさそうだし。 もうちょっと様子見てから考えよう。 そう思いながら頼りない背中を見送った。 ショコラ: 「はぁ……ふぅ……はぁぁ~……」 バニラ: 「ショコラ、大丈夫?」 ショコラ: 「にゃ? あ、うん、今日はちょっと暑いにゃーってだけだから」 バニラ: 「いつもと別に変わらないと思うけど……」 ショコラ: 「あ、もうすぐミルフィーユがなくなりそうだね」 ショコラ: 「ちょっとご主人さまに言ってくる」 バニラ: 「あ、ショコラ……」 嘉祥: 「おーショコラ。どうした?」 ショコラ: 「あ、ご主人さま……」 ショコラ: 「にゃ、えっと……あれ、えっと……なんでしたっけ?」 嘉祥: 「それを俺に聞かれても」 またしてもふわふわしながら首を傾げるショコラ。 わざとやってる感じではないけど……。 さっきからどうしたんだろうか? 明らかにいつもとは様子がおかしい。 心なしか顔が赤いようにも見える気がする。 嘉祥: 「ちょっとおでこ触るぞ?」 ショコラ: 「ひゃう……! ご、ご主人さま……!」 小さな額に手を当てると。 身体をぴくんと震えさせた。 手のひらからショコラが小さく震えてるのが伝わってくる。 特に熱っぽい感じではなさそうだけど……。 ショコラ: 「あぅ……はぁ、ご主人さま……」 嘉祥: 「え、ショコラ……?」 ショコラ: 「にゃぁ……♪ くんくん……にゃあん、ご主人さまぁ……♪」 嘉祥: 「ちょ、ショコラ……? お、おい……」 ショコラ: 「くんくん……ご主人さまのにおい、あまくて……♪ はぁ、にゃぁん……♪」 聞いたことない甘い声を出しながら。 俺に抱きついたまま頬をこすり付けてくる。 ショコラ: 「ご主人さまぁ……ご主人さまぁ……♪ ごろごろごろ~……♪」 明らかにいつもとは違う。 甘ったるい甘え声と言うか。 粘りつくような声色と言うか。 俺の背中に回してる腕の力加減まで。 いつもとは違う色っぽさを感じる。 ショコラ: 「あっ……! ご、ごめんなさいっ……!!」 ショコラ: 「え、えっと……その、用事! 用事でしたよね!? えっと、えっとですね……!」 急に我に返ったように離れる。 手をぱたぱたと振りながら、声を唸らせて頭を抱えていた。 バニラ: 「ショコラ、ミルフィーユの補充」 ショコラ: 「あ、そう! それだ! ナイスアシストバニラ!」 ショコラ: 「ご主人さま、ミルフィーユがもうないので出しますね!」 ショコラ: 「奥の冷蔵庫でしたよね? ミルフィーユ、ミルフィーユ……」 バニラ: 「…………」 嘉祥: 「なぁバニラ。ショコラはどうしたんだ?」 嘉祥: 「今日のショコラ、変だよな?」 バニラ: 「たまにおかしくなるけど、今日のは変だと思う」 断定。 頼もしさすら感じる。 嘉祥: 「ちなみに聞きたいんだけどさ」 嘉祥: 「俺って何か変な匂いする?」 バニラ: 「ふつう」 嘉祥: 「……だよな」 普通って言われてもアレだけど。 まぁ特別甘い匂いとかはしてないってことで。 バニラ: 「もしかしたら……うーん。でも確証ないし……」 嘉祥: 「?」 バニラも珍しく言葉を濁している。 何か心当たりはあるっぽいけども……。 嘉祥: 「とりあえず今は、ショコラを部屋で休ませてきてやってくれるか?」 バニラ: 「いいけど、お店は?」 嘉祥: 「もう客足も落ち着いてるし、後は俺がやっとくから」 ショコラ: 「にゃ、にゃんですとっ!? ショコラは全然いけますです!」 ショコラ: 「にゃんたって鈴持ちですよ、鈴持ち! これは立派なネコの証で――」 バニラ: 「任務了解。ショコラ捕獲。強制退去モード」 ショコラ: 「にゃあぁあぁーーーっ! ご主人さま、た、助けっ……! ショコラ、ショコラはっアッーーーっ!!」 嘉祥: 「…………」 嘉祥: 「えーっと、ミルフィーユの補充だっけか」 バニラも意外にやる時はやるタイプだなぁ。 開けっ放しになっている冷蔵庫の前に立って、 遠くなっていく看板ネコの叫び声に背を向けた。 ショコラ: 「はぁ……ん、はぁぁ……」 ショコラ: 「だめにゃ……ぜんぜん、どきどきがおさまらないにゃぁ……」 ショコラ: 「ごしゅじんさまの、におい……思い出すだけで……はぁぅぅっ……」 ショコラ: 「すごい、からだのおく……あつくて……きゅん、きゅんする……はぁ……」 ショコラ: 「んっ……あ、ここ……さわると、きもちぃ……」 ショコラ: 「んっ、にゃ……は、あぅっ……ん、んんっ……」 嘉祥: 「ショコラ、具合はどうだ?」 ショコラ: 「んにゃああぁあっぁああぁあああぁっ!?」 嘉祥: 「うおぉあっ!?」 ショコラ: 「ご、ご主人さまっ! お、お部屋に入る時はノックが基本ですにゃあっ!!」 嘉祥: 「へ? あ、ああ。そうか? それはすまん……」 良く分からないけど怒られた。 別に今までもノックなんかしてなかったんだけどな……。 というかショコラもノックなしで部屋に入ってくるくせに。 嘉祥: 「まぁそれはいいけど、具合はどうだ?」 嘉祥: 「病院行くけど、自分で歩けそうか?」 ショコラ: 「へ……? 病院って……」 ショコラ: 「あ、ご主人さま……お店は……?」 嘉祥: 「閉めてきた。今日は臨時休業」 ショコラ: 「閉めてきたって……えっ、な、なんでですか?」 嘉祥: 「ショコラが具合悪そうなのにほっとけるか」 嘉祥: 「いいから病院行くぞ。立てるか?」 ショコラ: 「だ、だめですっ……! いま、近くに来ちゃ……!」 嘉祥: 「何言ってんだ、そんなフラフラなくせに」 嘉祥: 「ほら、手貸すから」 隣からショコラの背中に手を回す。 ショコラ: 「んぁぁっ……! ご、ご主人さま……は、にゃぅうぅっ……!」 嘉祥: 「ど、どうした? 痛かったか?」 ショコラ: 「い、痛いとかじゃなくて……! ふぁぁっ……甘いにおいもぉ……」 ショコラ: 「はぁ、はぁ……ほんとに、病気とかじゃにゃくてぇ……にゃぁぁっ……」 歯切れ悪くイヤイヤをする。 明らかにさっきよりもろれつが怪しい。 嘉祥: 「いいから早く病院行くぞ?」 嘉祥: 「そのために店閉めて来たんだから、ほら」 ショコラ: 「ショ、ショコラはもうりっぱにゃ鈴もちにゃのですよっ……?」 ショコラ: 「鈴は、理性的なしょうこで、ほんのーが、がまんできるしょうこにゃのれすっ……はぅん……」 嘉祥: 「理性的? 本能が我慢出来るって……」 バニラ: 「ショコラ。もしかして……くんくん、くんくん」 バニラがすんすんとショコラの身体に顔を押し当てる。 バニラ: 「やっぱり。きちゃったの?」 嘉祥: 「きちゃったって……」 嘉祥: 「……もしかして、発情期ってやつか?」 そういえば買った本にも載ってた。 年齢的にもうちょっと先だと思ってたけど……。 ショコラ: 「わ、分かってます! 分かってますからっ……!」 ショコラ: 「別に、ご主人さまが褒めてくれたのは、そういう意味じゃないって……分かってますけど……!」 嘉祥: 「ああ、これからもずっと傍にいてくれ」 嘉祥: 「ショコラがいてくれると元気が出てくるから」 ショコラ: 「ご、ご主人さま……!? へぇっ……? ふぁっ……!」 ショコラ: 「その、ご主人さまから……何かすごく甘い匂いがして、とろーんって……」 嘉祥: 「……あの時からか」 『早いネコならキッカケがあれば』 本にそう書いてあったのを思い出す。 しまった。 まだ先のことだと思って全然目を通してない。 これは、その……どうすれば……? ショコラ: 「はぁ……あぅぅっ……ご主人さまぁ……」 瞳を切なく潤ませて俺を見上げてくる。 助けを求めるような、苦しいような、『女』の顔。 嘉祥: 「ショコラ……」 思わぬ不意打ちに一瞬で顔が熱くなる。 ……まずい。 ショコラがショコラじゃないように見えた。 心臓が遅れてどくどくと脈打ち始める。 バニラ: 「ご主人」 バニラ: 「発情期のネコは、ちゃんと発散してあげないと体調を崩すよ」 嘉祥: 「は、発散って……バニラ……!?」 耳元に寄せて来たバニラの顔を見る。 いつもの冗談にはとても見えない。 まっすぐに俺を見ていた。 バニラ: 「それに、ショコラだってご主人のことが好きだからこうなってる」 バニラ: 「ネコとヒトじゃ赤ちゃんは出来ないって知ってるけど……」 バニラ: 「でも、ちゃんと愛し合うことは出来るんだよ?」 嘉祥: 「愛し合うって……!」 遠慮のないハッキリとした言葉。 思わず息を呑んでしまう。 そんな俺に構わず囁くように続ける。 バニラ: 「ネコを人生のパートナーにするヒトだっているでしょ」 嘉祥: 「いや、それは……そう、だけど……」 もちろん、そういう人がいるのは知ってる。 俺だってネコの可愛さは分かるし偏見は無い。 でも、いざそう言われると……。 バニラ: 「ご主人は、ショコラのこと……好きじゃない?」 嘉祥: 「それは……大事だからこそ……」 ショコラもバニラもかけがえのない大事な家族だ。 好きか嫌いかなんて言うまでもないことで。 でもだからこそ、こんな勢いに流されては……。 バニラ: 「ご主人はヒトのくせに、もう忘れたの?」 嘉祥: 「忘れたって……?」 バニラ: 「私たちはネコだから、自分に素直なだけ」 バニラ: 「私たちはネコだから、自分に素直なだけ」 バニラ: 「本当に好きなら、迷惑かけたって一緒にいたい。それでも一緒にいたいものだと思う」 バニラ: 「私たちが幸せかどうかなんて、いくらご主人でも決めつけるのは違うと思う」 バニラ: 「だから本当にショコラのことを想うなら……ね?」 嘉祥: 「……バニラ」 バニラの細い指が俺の頬を撫でる。 あの時と同じ言葉で。 あの時と同じように俺の中に沁み込んで来る。 ショコラ: 「……ご主人さま」 ショコラ: 「ショコラは、本当にご主人さまのことが好きなんです……」 ショコラ: 「好きだから、大切な人の役に立ちたくて……」 ショコラ: 「……褒めてもらいたくて、頑張ったんです」 嘉祥: 「ショコラ……」 ショコラもあの時と同じように、 一生懸命な瞳と言葉で。 まっすぐに俺のことを見つめてくる。 ショコラ: 「身体が反応しちゃうきっかけは、発情期かもしれないです……でも」 ショコラ: 「でも、ご主人さまのことが好きなのは……」 ショコラ: 「ご主人さまに触ってもらいたいのは、発情期だからじゃないですよ……?」 ショコラ: 「ショコラは……ショコラは、大好きなご主人さまだから……!」 嘉祥: 「ショコラ」 ショコラ: 「え……ご主人、さま……」 ショコラ: 「んっ……」 ショコラ: 「はぁぁ……ご主人、さま……」 ショコラが戸惑いを滲ませながら、 熱くなった吐息を浅く繰り返して俺を見つめ返す。 泣きそうな頬に手を優しく添える。 嘉祥: 「……俺も、ショコラのこと好きだから」 嘉祥: 「ショコラがそう望んでくれるなら、正しいかどうかとかじゃなくて……」 嘉祥: 「俺も、自分に素直でいるよ」 そう誓ってから、もう一度キスをする。 ショコラ: 「ご主人さま……ご主人さまぁ……」 バニラ: 「くす、本当に手間のかかるご主人さまだね」 嘉祥: 「ああ、そうだな」 涙ぐむショコラと得意気なバニラの頭を撫でた。 それからそっと二匹の頭を抱き寄せる。 バニラ: 「じゃあ、態度で示さないとね? ご主人」