ショコラ: 「ん……ご主人さま……すー、すー……」 バニラ: 「ショコラ、ご主人……すー、すー……」 ショコラ: 「はぁ……ご主人さまぁ~……♪ ごろごろごろ……♪」 バニラ: 「ん……ご主人……ショコラぁ……♪ ごろごろごろ……♪」 小さな寝息を立てながら、 二匹して俺の身体に頬をすり寄せてくる。 それぞれの手でショコラとバニラの頭を撫でて。 緩む口元もそのままに天井を見上げる。 嘉祥: 「……でかいベッドが、こんな風に役に立つなんてな」 まさか三人で川の字になって寝るなんて。 想像もしてなかったことを声に出して呟く。 嘉祥: 「……もう流されたとか言い訳は出来ないな」 最初からそんな言い訳をするつもりもないけど。 柔らかい感触と、あったかい体温を体中に感じながら。 素直に愛おしいと思うネコたちの頭を撫で続ける。 ショコラ: 「んにゃぁ……ご主人さま、バニラぁ……」 ショコラ: 「ご主人さまと……バニラとショコラ……」 ショコラ: 「みんな、だいすきで、ずっといっしょですね……♪ にゃむにゃむ……」 バニラ: 「にゃぁ……うん、ずっといっしょ……」 バニラ: 「ショコラと、ご主人と、私で……にゃむにゃむ……♪」 嘉祥: 「あぁ、そうだな。ずっと一緒だな」 寝言でもそんな会話をしながら、 もにゅもにゅと口を動かす二匹に思わず笑い声がこぼれてしまう。 嘉祥: 「……思ってたのとは、ちょっと違うけど」 一人で家を出て、独立して。 楽しいこともつらいことも全部一人で背負って。 これからは一人で生きていこうと、そう思ってたけど。 嘉祥: 「……こんな風に大切に想い合えるパートナーがいるのも、幸せなんだな」 失敗とかかかる手間も確かに多いけど。 でも、お店も自分も、一生懸命に支えてくれるネコたち。 まだ大して時間も経ってないのに。 ショコラとバニラがいない時間の想像もつかない。 ショコラ: 「ご主人さま……ショコラも、しあわせです……♪ すー……」 バニラ: 「ご主人……バニラも、今がしあわせ……にゃぅ……」 嘉祥: 「ああ、俺もだよ。ありがとうな」 寝言でもそんな風に応えてくれる二匹に。 そっとキスをしてから、俺も目を閉じて眠りについた。 時雨: 「発情期で体調崩す、ですか?」 時雨: 「そんなことはないと思いますけれども」 開店前の朝一番に来訪した時雨が、 さも当然と言った澄まし顔で紅茶をすする。 嘉祥: 「えっ……だって、そう聞いたんだけど……」 時雨: 「現に家のネコたちは元気にやっております」 時雨: 「多少は運動などで発散はさせていますけども」 嘉祥: 「……そう言われてみれば、確かにそんな気も」 家でそんな現場を見たこともないし。 いや女の時雨がそもそもどうこうできるものでもないし……。 嘉祥: 「でもバニラがそう言ってたぞ」 嘉祥: 「なぁバニラ?」 バニラ: 「時雨が、ご主人を説得するにはそう言えばいいってくあぁ~……」 ショコラ: 「あ~そういえば、そんなこと言ってたねぇくあぁぁ~……」 嘉祥: 「教えこんだのはお前じゃねーか」 時雨: 「そんなことより兄さま。今日もこの妹めに愛のささやきを」 嘉祥: 「そんなことより、じゃないだろこの[だもうと,1]駄妹がー」 時雨: 「痛い、痛いです兄さま! そういう愛も嫌いじゃないですが!」 反省の色なし。 ……まぁ、別に怒ってるわけでもないんだけども。 時雨に色々と見透かされてたみたいで、 情けないやら照れ臭いやら悔しいやらくらいで。 時雨: 「兄さまの愛情表現はたまに激し過ぎですね、ぽっ♪」 時雨: 「では次は兄妹の熱烈な口付けを……ん♪」 嘉祥: 「あほか」 キスをせがむ時雨のおでこを突く。 時雨: 「むー。ちゃんとアメあってのムチなのですよ?」 時雨: 「こんな可愛い妹の誘いを、いつもいつもむげにするなんて」 時雨: 「ショコラ、バニラと恋ネコになってから、少し冷たいのではありませんか?」 嘉祥: 「まるで前はキスしてたみたいな言い方すんな」 腰に手を当てて頬を膨らませる時雨。 ほんとこいつの冗談はわかりづらい。 兄として外に出すのが心配になるレベルだ。 可愛い妹であるのは認めるが故に。 時雨: 「でもショコラもバニラも幸せそうで良かったです」 時雨: 「兄さまのところに来ることで鈴も持てましたし」 時雨: 「それに、ちゃんと心の方も成長しているようですしね?」 寝ぼけながらお互いの髪を梳かしている二匹。 時雨が愛しい我が子を見るように優しく目を細める。 時雨: 「ちょっと前までは、あんな風に身だしなみを気にしたりもしなかったのですが」 時雨: 「兄さまも、現状を悪くは思っていないのでしょう?」 嘉祥: 「……まぁ、それなりにな」 時雨: 「まぁ、素直でないこと。くすくす」 俺の心の内を見透かしたように笑い声をこぼす。 ……年の離れた兄の、つまらないプライドだな。 時雨: 「ショコラとバニラを受け入れてもらえないのであれば、時雨が身体を張るところでした」 時雨: 「妹である前に私も女ですから」 時雨: 「兄さまの寵愛を受け入れることなど、それは容易きことです」 嘉祥: 「アホ。妹に手出すか」 嘉祥: 「お前はいつまでもバカなこと言ってんなって」 時雨: 「ひゃう、いつまでも子供扱いして~」 時雨の頭をくしゃくしゃと撫でつけた。 口唇を尖らせて抗議の視線を向けてくる。 時雨: 「時雨は本気ですからね? 兄さまのためでしたら何でもするのですから」 嘉祥: 「はいはい、分かった分かった。ありがとな、うりうり」 時雨: 「もー兄さまー! くしゃくしゃしちゃダメですってばぁー!」 せっせと手櫛で乱れた髪を直す。 うん。相変わらず可愛い妹だ。 時雨: 「でも、兄さまも雰囲気がとても優しくなりました」 時雨: 「やはり家を出て良かったのでしょうね」 時雨: 「……時雨は、少しだけ寂しく思いますが」 少しだけトーンの落ちた声で。 寂しそうに、困ったように微笑む。 嘉祥: 「……時雨には、昔から色々と迷惑かけてたからな」 俺と父親の折り合いが上手く行かなかった時も。 俺が洋菓子を隠れて練習してた時も。 多分、俺が黙って出て行った時だって。 きっと勘付いていながら、知らない振りをしてくれていて ショコラとバニラのことだって、陰で協力してくれてたんだろうと思う。 ……本当に時雨は、俺の妹とは思えないくらいによく出来た妹だ。 嘉祥: 「ショコラとバニラはちゃんと俺が面倒見るから、心配要らない」 嘉祥: 「だから、いつでも遊びに来いよ」 感謝の気持ちを込めて、時雨の頬に手を添える。 時雨: 「……はい。ありがとうございます、兄さま」 時雨もまた、微笑んで俺に頬を預けて応えてくれる。 小さな妹の愛おしさと柔らかさが、 手のひらから暖かく伝わってくる。 ショコラ: 「ご主人さまー! お仕事の準備バッチリ出来ました!」 バニラ: 「戦闘準備完璧。寝癖ひとつなし」 嘉祥: 「おう、了解」 嘉祥: 「悪い時雨。じゃあちょっと店開ける準備してくるな」 時雨: 「いえいえ。朝から押しかけてしまったのは私の方ですから」 時雨: 「今日も一日、頑張って下さいね。兄さま」 嘉祥: 「ああ。お前はゆっくりしてていいからな」 ショコラ: 「ショコラも行ってきます! また後でね、時雨ちゃん!」 バニラ: 「私も労働してくる。時雨、また後で」 時雨: 「はーい、いってらっしゃいませ」 時雨: 「……ん。これで色々と丸く収まったかな」 みんなが下に降りたのを確認してから、 リビングのソファに腰を降ろして一人呟く。 時雨: 「それにしても、ショコラとバニラが兄さまの恋ネコ、かぁ……」 時雨: 「……娘に想い人を取られてしまった気分ね。くすくす」 あの小さかった仔ネコたちが。 自分でそうなるようにしたとは言え、 思わず苦笑いがこぼれてしまう。 時雨: 「……私も、叶わない想いなど諦めて」 時雨: 「そろそろ兄離れをしないといけないのかもね」 叶うはずのない恋心へと言い聞かせるように。 さっきまでそこにいた、愛しい想い人へ告げるように。 もう一度、声に出して呟いてみる。 せめて自分の代わりにと。 娘代わりのネコたちに託した気持ち。 私は妹として、ずっと側にいられればそれでいいんだから。 チクリと痛む胸を深呼吸で和らげて、 目を閉じてソファに身体を預ける。 時雨: 「……よしっ」 時雨: 「じゃあまずは、兄さまのお洗濯物でも片付けてあげることにしましょうか」 ソファから勢い良く立ち上がって ぱん、ぱんと自分の両頬を叩いて窓の外を見上げた。