――ショコラとバニラが戻って数日。 ショコラ: 「いにゃっしゃいませー!」 ショコラ: 「新しい鈴になったショコラがお出迎えいたしまーす!」 バニラ: 「ショコラ、鈴自体は変わってないからわかりづらいよ」 ショコラ: 「にゃにゃ! 言われてみれば!」 ショコラ: 「じゃあ新しくなったショコラがお出迎えいたしまーす!」 バニラ: 「ショコラはほんと愛すべきネコだね。ほんと愛してる」 シナモン: 「こんな良い天気の日にはジュレを使ったグレープフルーツケーキはいかがですか?」 シナモン: 「さっぱりしてて、と~っても美味しいですよ♪」 メイプル: 「だったらアールグレイとグレープフルーツのセパレートティーね」 メイプル: 「あたしが味見してるんだから間違いないわ」 時雨: 「ココナツ、お客様のお会計をお願いしてもいいかしら?」 ココナツ: 「うん、任せて時雨ちゃん!」 ココナツ: 「昨日もアズキとお兄ちゃんに特訓してもらったからバッチリだよ!」 ココナツ: 「えっと、9、8、0、円が、2点と……」 ココナツ: 「6、0、0、円が、3点と……」 時雨: 「申し訳ございませんお客様、少々お待ち下さいませ~♪」 アズキ: 「……ま、そんな混んでねーし問題ねーだろ」 アズキ: 「ナッツにはまだまだ場数踏ませなきゃなんねーしな」 嘉祥: 「そうだな、焦ってミスするよりはいい。最初は」 ショコラ、バニラ、時雨が戻って。 ココナツもミスが極端に減ったお陰で平和な店内を眺める。 アズキ: 「まぁバカにゃーも手の抜き方覚えたみてーだし」 アズキ: 「このまま行けばアタシが楽出来そうで何よりだな」 いつも通りの軽口を叩きながらノビをする。 嘉祥: 「じゃあ、アズキもケーキ作ってみるか?」 アズキ: 「あ? 何だよやぶからぼーに」 嘉祥: 「別に今の思いつきじゃないんだけどな」 嘉祥: 「フロアはもう十二分に手があるから、次はキッチンの方をって思っててさ」 嘉祥: 「バニラもケーキ作るけど、フロアとこっち半々みたいなもんだし」 嘉祥: 「キッチン専任が誰かいてもいいかなって思ってたんだよ」 アズキ: 「フロアリーダーの次はパティシエールか?」 アズキ: 「オメーはどこまでネコ使いが荒いんだよ」 嘉祥: 「最近の一件で、アズキの有能さを見せられたからな」 嘉祥: 「アズキならケーキ作りを任せられそうだって思ったんだよ」 嘉祥: 「経営者としてこれをみすみす見逃す手はない、だろ?」 わざとらしくそんな言い方をする。 アズキも少し考えこんでから諦めたように肩をすくめる。 アズキ: 「アタシがめんどくせーって言っても、どーせ聞かねーんだろ?」 アズキ: 「はー、飼いネコのつれーとこだよなーまじネコハラだわー」 嘉祥: 「アズキにしか頼めないんだよ」 嘉祥: 「この通り。お願いします」 改めて真面目に頭を下げる。 アズキが観念したように溜息をついて。 面倒くさそうに頭を掻きながら小さく頷いてくれる。 アズキ: 「……まぁ、嘉祥には多少なりとも借りがあるしな」 アズキ: 「ただし、あんま期待し過ぎんじゃねーぞ?」 アズキ: 「アタシがいくらハイスペックだっつっても、しょせんはネコなんだからな?」 アズキ: 「仕事だっつーなら何でもやるけど、出来ねーもんは出来ねーぞ?」 嘉祥: 「そこは俺がちゃんと教えるから」 嘉祥: 「アズキならきっと大丈夫だ」 自信満々の俺の太鼓判に。 少し照れくさそうに視線を逸らす。 アズキ: 「……ま、出来る限りは頑張っけどよ」 アズキ: 「ただし、ちゃんと歩合はつけろよ?」 アズキ: 「研修期間はいらねーけど、タダ働きは御免だかんな」 嘉祥: 「ああ、それはもちろん」 嘉祥: 「他のメンバーも納得する出来なら、誰も文句言わないだろうしな?」 アズキ: 「きったねー言い方しやがって」 アズキ: 「だったら嘉祥が泣いて頼むくらいのもの見せてやんよ」 嘉祥: 「決まりだな」 嘉祥: 「じゃあこれからよろしく頼むぞ?」 アズキの肩をぽんぽんと叩く。 ココナツ: 「なになに、お姉ちゃんもケーキ作るの?」 アズキ: 「何か流れでそんなことになっちまったわ」 アズキ: 「脳あるネコは爪を隠してたけど、ハイスペックっぷりを見せちまったから仕方ねー」 ココナツ: 「わぁ、すごーい! お姉ちゃんのケーキ楽しみだなー♪」 ココナツ: 「じゃあぼくも! ぼくももっとお仕事したい!」 嘉祥: 「そうだな、今から夕方くらいまでは客足も鈍る時間帯だし……」 嘉祥: 「じゃあココナツも一緒にやってみるか」 もしかしたら意外な才能があるかもしれないし。 どうせ教えるなら人数はあんまり関係ないし。 ココナツ: 「はーい! 頑張るのでよろしくお願いします!」 こうしてソレイユの新しい体制の試みが始まった。 ココナツ: 「うぅぅうぅぅうっっっ……!」 ココナツ: 「ダメだぁ、やっぱりぼくはダメなネコだぁ……!」 嘉祥: 「……やっぱりそう上手くはいかないか」 アズキ: 「まぁ予想の範囲内、ってか予想通り過ぎて面白くもねーわな」 芸術的にぐずぐずなショートケーキを前に崩れ落ちるココナツ。 焼き上がったスポンジに生クリームを塗るだけのはずなのに。 一体何がどうなるとこうなってしまうのか。 目の前で起きたことなのにイマイチ信じられない。 ココナツ: 「ふぇぇ……違う、違うんだよぉ……!」 ココナツ: 「別にふざけてるわけじゃなくてぇ……うぇぇ……!」 嘉祥: 「心の持ちようだけで、いきなり手先が器用になるわけじゃないか」 アズキ: 「精神論でステータス上がったら苦労しねーよ」 嘉祥: 「返す言葉もございませんな……」 ココナツ: 「う゛ぅぅ……お゛ねぇ゛ち゛ゃ゛ん……どうしよう、これ……」 アズキ: 「まぁ捨てるのももったいねーし、アタシはこれで作り直すわ」 嘉祥: 「アズキがそう言うなら……」 ここからどういう修復があるのか。 そんなことを思いつつ見守ることにする。 アズキ: 「……ま、こんなもんか」 ココナツ: 「おおぉおおぉおっっ……!? おっ、ぉおぉぉおぉっっっ…………!!!??」 嘉祥: 「こ、これは……何というか、その……すごいな……」 あそこからまさかの持ち直し。 てかハイスペックだとは思ってたけど……。 ……その、これはハイスペック過ぎでは? 既にデコレーションレベルが相当に極まってる……! 嘉祥: 「その、アズキさんは一体どこでこんなデコレーションテクニックを……?」 アズキ: 「こないだ嘉祥に勉強させてもらったろ。レストランで」 アズキ: 「この店にはあんま向かねーかもしれねーけど」 嘉祥: 「……いや、本当に関心するわ」 まさかの見様見真似。 ……ほんとにハイスペックだなぁこのネコ様は。 絶対にパティシエールになってもらおう。 うん、きっとそれがいい。 ココナツ: 「アズキ……やっぱり、ぼくなんかじゃ相手にならないね……」 ココナツ: 「こんなところでもぼくのフォローをしてもらってばっかりで……うぅぅぅぅぅっっっ……」 ココナツがうつむきながら肩を震わせる。 やばい、ココナツが凹むことまで考えてなかった……! ここでまたココナツが自信をなくしたりしたら……! 嘉祥: 「あ、そのな、ココナツ?」 嘉祥: 「別にスポンジひとつくらい廃棄になったって全然大丈夫だからな? な?」 ココナツ: 「……お姉ちゃん」 ココナツ: 「さすがはぼくのお姉ちゃん~♪ カッコいいなぁーっ♪」 ココナツ: 「もうほんとカッコいー! お姉ちゃんありがとー! ごろごろごろ~♪」 アズキ: 「ちょ、止めろ! 持ち上げんな! 振り回すな!」 ココナツ: 「照れることないじゃないか、姉妹なんだから~♪」 アズキ: 「キャラ変わりすぎだろオイ! あっ、ちょ、勝手にごろごろすんなっ!」 アズキ: 「あっ、にゃっ……! あっ、ごろ、ごろ……ごろ……♪ にゃあぁぁ……っっっ……♪」 嘉祥: 「……………………」 凹むどころか盛大に喜んでいる。 アズキをぶんぶん振り回して大喜び。 狭いキッチンで器用に大回転。 それもそれですごい運動神経だなぁ。 そんなことを思いながら2匹を眺める。 ココナツ: 「何だかんだ言いながら尻尾立てちゃうお姉ちゃん大好きだなぁ♪」 ココナツ: 「ツンデレって思ったらすごい可愛いお姉ちゃんだー♪」 アズキ: 「そ、そんな安っぽいカテゴライズするんじゃねー! アタシはもっと――」 アズキ: 「んにゃっ……! ごろ、ごろ……ごろ……ごろ、ごろ……♪」 嘉祥: 「……まぁ、仲が良い分には何より」 若干ウザいくらい仲の良い2匹を眺めながら。 アズキが初デコレートしたケーキを記念に写メっておいた。 嘉祥: 「じゃあとりあえず、次はスポンジを焼いてみるか」 嘉祥: 「ショートケーキは全ての基本だからな」 アズキ: 「うーい」 ココナツ: 「ぼくにはまだケーキ作りは早いから横で見学してるね」 ココナツ: 「お姉ちゃん、頑張って! ぼくの分まで!」 アズキ: 「うるせーなぁ、そんな気張るもんじゃねーだろーが」 すっかりアズキ親衛隊のココナツ。 背伸びしないとここまで変わるとは思わなんだ。 こんなココナツも素直で可愛らしいけど。 アズキもこんなココナツが好きなんだろうし。 とりあえず気にせずに続けることにする。 嘉祥: 「基本は『混ぜる』こと。これが大事なんだ」 アズキ: 「混ぜる? そんなもんナッツだって出来るぞ。最近は」 ココナツ: 「えへへ、お姉ちゃんに褒められちゃった♪」 褒められてない気がするのは置いといて。 嘉祥: 「正確に言うなら『混ぜ方』かな」 嘉祥: 「これだけで味が変わるんだ。見ててな」 嘉祥: 「まずは卵を割って、黄身をお手玉して、黄身だけを取り出す」 嘉祥: 「ここから黄身が固まらないように気をつけながら温めて……」 嘉祥: 「グラニュー糖がダマにならないように素早く混ぜる」 嘉祥: 「それから黄身がさらさらになって来たら、ここで初めて泡立て機を使って――」 ココナツ: 「ふわぁ……♪」 嘉祥: 「……ど、どうした……? ココナツ……」 ココナツ: 「いやぁお兄ちゃん、カッコいいなぁって♪」 ココナツ: 「説明しながら手際よくぱぱぱーってやっちゃって、すっごくカッコいいー♪」 嘉祥: 「こんなことくらい大したことないけど……」 ココナツ: 「ううん、すっごいカッコいいよ! ぼく惚れ直しちゃう!」 嘉祥: 「いやまぁココナツが喜んでくれるなら……」 実際ほんとに大したことじゃないんだけど……。 ……でもこんな素直に喜んでもらえるとちょっと嬉しい。 アズキもこんな気持ちなのかもなぁ……。 アズキ: 「オメーはどこ見てんだよ」 アズキ: 「見学でもちゃんと集中しろ集中」 ココナツ: 「あ、そ、そうだよね!」 ココナツ: 「よし、ぼく集中するよ! むむむ、集中、集中……!」 食い入るように一生懸命に俺の手元を見る。 嘉祥: 「……じゃあ、続き行くな?」 嘉祥: 「ここからツノが立つくらいまでまんべんなくかき混ぜて――」 ココナツ: 「ふわぁぁぁぁぁぁ……♪♪♪」 嘉祥: 「…………」 ……まぁもういっか。 ココナツはケーキ作りはまだ先の話だし。 アズキも注意するつもりもなさそうだし。 とりあえずアズキに見せるために手順を進めていく。 嘉祥: 「……で、後はオーブンで焼くと」 嘉祥: 「火加減はまた後でやりながら教えるとして」 嘉祥: 「じゃあアズキも取りあえずここまでやってみるか」 アズキ: 「了解。じゃあちょっとやってみっかなー」 アズキと立ち位置を交換。 アズキ: 「えーと、じゃあまずは卵だよな」 アズキ: 「嘉祥がやってたのはこんな感じだったか?」 片手で卵を持って割ろうとする。 嘉祥: 「あ、ストップ。ちょっと待った」 アズキ: 「あ? 今の何かまずかったか?」 嘉祥: 「いや間違えてたわけじゃないんだけど」 嘉祥: 「ちょっと後ろからいいか?」 アズキ: 「後ろ?」 アズキを抱きかかえるようにして。 背中側から両手を伸ばす。 アズキ: 「…………っ!」 後ろからアズキと手を重ねる。 嘉祥: 「いいか? 俺とアズキだと手の大きさがこれだけ違うだろ?」 嘉祥: 「だからアズキは無理して片手で卵割らなくて良い」 嘉祥: 「最初だしスピードは求めなくていいから丁寧に行こう」 アズキ: 「お、おう……! な、なるほど、丁寧にな……!」 嘉祥: 「卵のカラは平らな面でヒビを入れると割り易いんだ」 アズキ: 「お、おう……! それは知ってる……こ、こうだよな……?」 嘉祥: 「あ、もうちょっとリラックスな?」 嘉祥: 「何かすごい力入ってるから」 アズキ: 「そ、そうだな、確かに……!」 アズキ: 「リラックス、リラックス……! 落ち着けアタシ……!」 嘉祥: 「そうそう、そんな感じな」 嘉祥: 「ヒビに対して、両手の親指を当てて開くみたいに割ると綺麗に割れるから」 アズキ: 「両手の親指で、開くみたいに……こ、こうか……?」 カパ、と小気味良い音と一緒に中身がボウルに落ちる。 嘉祥: 「綺麗に割れたな、上手い上手い」 嘉祥: 「流石はアズキだな?」 アズキ: 「べ、別にほめられるようなこと、してねーし……」 アズキ: 「卵割った程度で褒められるとか、ガキじゃねーんだからよ……」 そうは言いながらも嬉しそうに照れる。 いつもなら軽くあしらうようなことなのに。 今日は何だかどもり気味で妙に大人しい。 妙に素直な気もするけど……。 ココナツ: 「お姉ちゃん、どうしたの?」 ココナツ: 「何かやたら顔真っ赤だけど……」 ココナツ: 「あ、もしかしてお兄ちゃんに褒めてもらって照れてるの?」 アズキ: 「て、照れてねーよ! 何テキトーなこと言ってんだ!」 アズキ: 「その、嘉祥が張り付いてるからちょっとあちーだけだし!」 ココナツ: 「珍しいね、お姉ちゃんが褒められて照れるなんて♪」 ココナツ: 「普段なら――」 ココナツ: 「『あたりめーだろ、アタシを誰だと思ってんだ? あぁ?』」 ココナツ: 「とか言っちゃうくせにー♪」 嘉祥: 「おお、ちょっと似てるかも」 ココナツの意外な才能。 それだけアズキのことを良く見てるのか。 アズキ: 「ア、アタシだって時と場合によってはキンチョーくらいするわ!」 嘉祥: 「へー、アズキがケーキ作りくらいで緊張とかするなんてな」 嘉祥: 「何するにしても落ち着いてるイメージあるけど」 ドレスコードな高級レストランでも堂々としてたし。 ふてぶてしい余裕感がいつでもある気がする。 アズキ: 「いやまぁ別にケーキ作りで緊張してるわけじゃねーけど……」 嘉祥: 「違うなら何に緊張するんだよこの状況で」 アズキ: 「何にって、おま……それは……!」 ショコラ&バニラ: 『「じー」\n「じー」』 アズキ: 「……はっ!?」 ショコラ: 「アズにゃん! まるでご主人さまがご主人さまみたいだね!」 バニラ: 「アズキ、乙女。乙女ネコの顔してた」 アズキ: 「ち、ちげーし! 乙女とかマジでちげーし!!」 アズキ: 「それならココナツの方が嘉祥にデレデレしてっし! マジだし!!」 アズキ: 「そういう勘違い止めて下さいますか! いやほんとマジで!!」 ココナツ: 「ぼ、ぼくのご主人さまは時雨ちゃんだけど……その……!」 ココナツ: 「でも、お兄ちゃんも……ご主人さまみたいにも思ってるよ? えへへ……♪」 ショコラ: 「にゃー♪ ココちゃんもご主人さまにメロメロにゃー♪」 バニラ: 「ご主人まじエロパティシエ」 バニラ: 「ほんと引っ掛けまくり。ネコと見れば見境ないから困る」 嘉祥: 「誤解を招くようなことを言わない」 バニラが膨らましてる頬を左右に引っ張る。 ショコラ: 「でもでも! みんなご主人さまの恋ネコになったら楽しそうですにゃ~♪」 バニラ: 「ふむ。他ならぬ姉上たちならば悪くない案」 アズキ: 「は、はぁっ!? ちょっとケーキ作らせたくらいでアタシを落とした気になってんじゃねーぞ!?」 ココナツ: 「お、お兄ちゃんはそもそもショコラとバニラの恋人だし……!!」 アズキ: 「それだそれ、妹たちのオトコ寝取るほど餓えてねーし!」 嘉祥: 「みんなアホなこと言ってんなって」 嘉祥: 「こんな話題は終わり。止め止め。ケーキ作りの続きするぞ?」 ショコラ: 「にゃにゃ? 別にアホなことなんて言ってにゃいですよ?」 バニラ: 「私たちは一途だけど、そもそもネコの愛は自由気まま」 ショコラ: 「そーそー! 知らないネコちゃんとかはヤですけど、みんなならいいよね♪」 ショコラ: 「好きなヒト[かける]×好きなネコ[いこーる]=幸せがいっぱいにゃー♪」 バニラ: 「ご主人ハーレム。ほんとエロ助。スキモノ。ネコたらし」 嘉祥: 「はいはいはい、落ち着け落ち着け~(ごろごろごろ)」 ショコラ&バニラ: 『「ごろごろごろごろ~♪」\n「ごろごろごろごろ~♪」』 嘉祥: 「まったく、何言ってんだお前らは」 嘉祥: 「ココナツとアズキもお姉ちゃんとして何か言ってやれよ」 アズキ: 「えっ!? そ、そうだな、姉としてな!」 アズキ: 「ほらナッツ、姉として説教してやれ!」 ココナツ: 「えぇっ、そこでぼく!? お姉ちゃんの方がお姉ちゃんじゃない!」 ショコラ: 「じゃあアズにゃんとココちゃんはご主人さまとラブラブするのは嫌にゃ?」 アズキ&ココナツ: 『「……いや別にイヤってわけじゃねーけど」\n「……いや別にイヤってわけじゃないけど」』 ……そんな満更でもなさそうな反応されましても。 俺も何て反応すればいいか困るんだけどな……。 いやアズキもココナツも可愛いし。 それぞれ魅力的なネコだと思うけど……。 ショコラ: 「にゃー♪ やっぱりにゃー♪」 ショコラ: 「ほらほら聞きましたかご主人さまー♪」 バニラ: 「ネコは多妻でも気にしない。ちゃんと平等に愛してくれれば」 アズキ: 「だ、だからちげーし! だから何度も言ってるけどちげーし!!」 アズキ: 「その、あの、えっと……! と、とにかくちげーし!!!!」 ショコラ: 「そんなこと言っても尻尾は正直にゃー?」 アズキ: 「そ、それもちげーし! ほんと違うっつってんだろ! 違うんだってば!!」 バニラ: 「ココナツ、ここがドキドキしてる? してるの?」 ココナツ: 「にゃっ! む、胸触っちゃダメだってば! ぼくはシナモンじゃないんだから!」 バニラ: 「ええやないかええやないか。 減るもんでも無しに」 バニラ: 「私もショコラも控えめだから憧れがないこともない」 ココナツ: 「にゃあっ! こ、こらそんなわしづかみにしないの! バニラってば! にゃああっ!!」 嘉祥: 「……今日のケーキ作り練習は、もうこれで終わりだな」 もはやこのテンションを止められそうになく。 俺とアズキの作りかけのスポンジを冷蔵庫に入れておく。 嘉祥: 「ぼちぼちフロアが忙しくなる時間だから、配置に戻れよー」 俺もこれ以上の収拾をつけることを諦めて。 流れに身を任せて放り投げることにした。 ショコラ: 「ではご主人さま。本当に好きなもの買っていいんですね?」 嘉祥: 「ああ、鈴の更新祝いだからな」 嘉祥: 「ショコラとバニラとひとつずつ、遠慮せずに好きなもの選んでいいぞ?」 ショコラ: 「うわーい! ご主人さまのプレゼントだー! やったー!」 バニラ: 「さすがは私のご主人。粋な図らい」 バニラ: 「私は別に苦労してないけど」 ショコラ: 「バニラ、準備おっけー?」 バニラ: 「完璧。お茶からポテチまで」 バニラ: 「これで何時間でも戦える」 ショコラ: 「よーし、じゃあ行くよー!」 ショコラ: 「おっかいもの~♪ おっかいもの~♪」 バニラ: 「ショコラとネットショッピングデート、超ワクワク」 ショコラ: 「じゃあまずはラクテーン市場からだね! ゴーゴー!」 バニラ: 「あ、ご主人のお買い物履歴からのオススメ、お店のものばっかり。つまんない」 バニラ: 「もっとこう、プライベーティなすごいの楽しみにしてるのに」 ショコラ: 「まぁまぁ今日の本題は違うから」 ショコラ: 「じゃあまずはどこから見る? 宝石?」 バニラ: 「でもショコラ、ビー玉と真珠の違い良く分かってないし」 ショコラ: 「綺麗なら何でもいいんだよ! 後は愛がこもってればなお良し!」 バニラ: 「ショコラは可哀想なほどチョロいネコだね」 バニラ: 「でもそれもまた可愛いから何とも言えない」 ショコラ: 「これ! これ見てバニラ! 大変!」 ショコラ: 「マグロ! マグロがあるよ! しかも一匹まるごと!」 バニラ: 「おお……! 丸々一匹で172まんえん……! 素敵、素敵だよショコラ……!!」 バニラ: 「大トロがどのくらいあるかググろう! 多分食べ放題!」 ショコラ: 「じゃあまずはキープだね! 比較リストに入れよう!」 嘉祥: 「好きにとは言ったけど、そこまで高いものはダメだからな?」 嘉祥: 「ほんとに注文するなよ? マジで勘弁な?」 手加減無しのネコたちに釘を刺す。 いや流石に本気ではない……と、思いたい。 時雨: 「合格祝いとは言っても、散々追試を受けた上でのギリギリも良いところでしたけどね、まったく」 時雨: 「バニラは鼻歌交じりに合格したのにショコラは全然でしたからねぇ」 時雨: 「せめて鈴ネコらしいところを見せてくれれば、マグロごとき私が買ってあげたのですが」 嘉祥: 「そ、そうか……なるほど……」 ……マグロごときと来ましたか。 ウチの妹の財力って、ウチの店の何倍あるんだろうなぁ……。 小さな妹にちょっとだけ畏怖を覚える。 時雨: 「あ、でもそうしたらマグロ一匹が入る冷蔵庫も買わなくてはなりませんね」 時雨: 「兄様のお願いでしたらば、そちらも合わせて購入しても良いのですが?」 嘉祥: 「とりあえずそれはまた今度の機会ということで」 時雨: 「そうですね、あまり甘やかしすぎても良くないですし」 ほんとにオモチャ感覚だなあ。 勢いでそんなデカい冷蔵庫買われても困るぞ。 ……本気で頼んだら買ってくれそうなのが恐ろしいけど。 時雨: 「それはそうとして」 時雨: 「私が出てる間に、アズキとココナツが随分と兄様に懐いてるようですね?」 時雨: 「ショコラバニラだけでなく良い傾向です、うんうん♪」 嘉祥: 「時雨がネコも成長する時は色々あるって言ってたのを実感したよ」 時雨がいなかった時のことをかいつまんで話す。 時雨: 「……はぁ。兄様もほんとにネコ殺し……いえ、女殺しですねぇ」 時雨: 「そんな兄様が誇らしくもありますが、女として――いえ、妹として心配にもなります……」 嘉祥: 「なんだよ女殺しって」 時雨: 「まぁその辺りを考えてないのも兄様の魅力ですので。ままならないものです」 意味深な笑顔でティーカップを傾ける。 ……別に俺は家族として当然のことをしただけだしな。 そんな人聞きの悪いこと言われることはないんだけども。 そう思いながら俺もティーカップを傾ける。 時雨: 「……ちなみに言っておきますが」 時雨: 「ネコは多妻制の生き物なので心配はありませんよ?」 嘉祥: 「いや何の心配だそれは」 時雨: 「もちろん嫉妬はしますが、人間とは違って独占欲というものはないようです」 時雨: 「私も兄様ならば安心してネコたちをお嫁に出せると言うものですし?」 時雨: 「アズキやココナツが兄様を主人と慕うならば喜ばしいことですし?」 時雨: 「兄様が私が育てた娘たちにメロメロになるのは何とも言えない満足感がありますし?」 ニヤニヤとしながら疑問符を並べる。 ちょっと前まではネコをパートナーになんて、と思ってたけど……。 ……ショコラとバニラに手を出してしまった手前、何も言い返せない。ぐぬぬ。 時雨: 「あぁ……♪ 兄様のその複雑なお顔もまた妹心をそそります……♪」 時雨: 「慕っている兄様をイジめたくなる罪な妹心をお許し下さいはぁはぁはぁ……♪」 何も言い返せないことにバツが悪くて視線を逸らす。 ショコラ: 「うぅぅぅぅ~……!」 ショコラ: 「マグロ一匹は高くてダメなら、松坂ウシ一頭なんて全然無理だよぉ……」 バニラ: 「松坂ウシは500まんえんかぁ。ちょっと足りないにゃぁ」 バニラ: 「これも甲斐性のないご主人に惚れた恋ネコの弱み。仕方ない」 嘉祥: 「マジで買うなよ? 店潰れるからな?」 まだ迷ってる2匹にさらに深く釘を刺す。 まさに糠に釘のような気もするけども。 時雨: 「では、私もそろそろお暇致しますね」 嘉祥: 「ああ、いつもありがとうな」 時雨: 「いえいえ、兄様のお手伝いをさせて頂けることが妹めの幸せにございますから」 時雨: 「では外にタクシーを待たせてありますので」 嘉祥: 「家に着いたらちゃんとメールしろよ?」 嘉祥: 「タクシーでも心配は心配だから」 時雨: 「くす、兄様は本当にさらりと格好良いですね?」 時雨: 「……私も妹でなければ」 嘉祥: 「ん? どうした?」 時雨: 「いえ、何でもありませんよ?」 時雨: 「では私はこれで失礼致しますね」 時雨: 「兄様、愛してますわ。おやすみなさい」 嘉祥: 「……別にカッコつけてるつもりじゃないんだけどな」 そんなことをボヤきながら。 時雨を乗せたタクシーが見えなくなるまで見送った。