時雨: 「ほーっほっほっほ!」 時雨: 「今日はとてもとても良い日にございます~♪」 時雨: 「良きかな良きかな、照れることないですよココナツ?」 時雨: 「兄様の寵愛を頂いたことは、私のネコとして誇るべきですよ? ほーっほっほ♪」 ココナツ: 「そんな、恥ずかしいからあんまり大声では……うぅぅ……」 勝ち誇る時雨。 そして部屋の隅で顔を隠すココナツ。 ……この様子から状況を推察するに。 嘉祥: 「……ココナツ?」 ココナツの背中がビクッと震える。 ココナツ: 「ち、違うんだよお兄ちゃん……!!」 ココナツ: 「ぼくは、ぼくは何も言うつもりなんか無かったんだ……!」 ココナツ: 「でも時雨ちゃんが……! 時雨ちゃんがズルくてぇ……!!」 時雨: 「そうですよ兄様? ココナツを責めないであげて下さいませ」 時雨: 「ココナツの口を割らせることなど、仔ネコの手を捻るより容易いだけのこと」 時雨: 「それに、私もまだ幼いとは言え女ですから」 時雨: 「女の勘は、殿方には分からない機微があるのですよ? ほーっほっほっほー♪」 ココナツ: 「うぅ、ごめんなさいお兄ちゃん……」 ココナツ: 「時雨ちゃんにばーって色々と聞かれて、上手く答えられなくて……」 嘉祥: 「……いや、多分俺でも逃げきれなかったと思うしな」 時雨の勝利の高笑いにそんなことを思わされる。 我が妹ながら末恐ろしい……。 ココナツ: 「で、でも時雨ちゃんだってぼくのご主人さまだよ!?」 ココナツ: 「お兄ちゃんもそれでいいって言ってくれたし!」 時雨: 「ふふ、心は私に忠誠を誓っていても、体は兄様を求めてしまう……」 時雨: 「ああっ、そんなのもゾクゾクとこの心と体を焦がして止まない……♪」 時雨: 「アリです! アリですわ、ココナツっ!」 時雨: 「まだまだ仔ネコと思っていたけれど、やっぱり私のネコですわねっ!!」 ココナツ: 「違うよ! 何かよくわかんないけど違う気がするよ時雨ちゃん!」 嘉祥: 「…………ダメだこりゃ」 もはや手に負えないテンションに突入。 我が妹ながら末恐ろしい。ほんとに。 アズキ: 「うぃーす。今日もめんどくせー労働の時間の始まりだなー」 シナモン: 「って、あれ? どうかしたんですか、この空気~?」 メイプル: 「確かに時雨がいつもより3割増しで高笑ってるわね」 嘉祥: 「まぁ……後でちゃんと話すから」 青天井に笑い続ける時雨の背中を見ながら呟く。 シナモン: 「時雨ちゃんとナッちゃんの様子を見てると、何となくお察ししますけどね~」 メイプル: 「まーね。あたしには関係なさそうだし」 嘉祥: 「お察しって……」 嘉祥: 「……え、マジで?」 シナモン: 「ショコラちゃんやバニラちゃんの例もありますし~」 メイプル: 「ま、本人が幸せそうならいいんじゃないの? 何でも」 メイプル: 「ねぇ、アズキ?」 アズキ: 「……え? あ? お、おう、せやな?」 アズキ: 「あー、まぁ、なんつーか、まぁ、いんじゃね?」 アズキ: 「そういう、その、好いた惚れたは当人らの問題なわけだし……」 アズキ: 「別にアタシらがどうこう口挟む問題じゃねーっつーか……」 メイプル: 「……何、そのらしくないテンション」 シナモン: 「アズちゃんにいつものキレが全然ないよ~?」 アズキ: 「う、うるせーな……! 誰しもテメーらみてーに無神経じゃねーんだよ!」 メイプル: 「は? 何その逆ギレ。意味分かんないんだけど」 シナモン: 「まぁまぁ。喧嘩しない、喧嘩しないの~」 シナモン: 「早く着替えないと開店準備間に合わないよ~? ね、アズちゃん?」 アズキ: 「お、おお、せやな? とっとと着替えちまおうや!」 アズキ: 「じゃーな嘉祥、そんな感じでなー!」 アズキ: 「おうショコラ、バニラーいつまでも寝てんじゃねーぞー!」 アズキ: 「今日も楽しくねー労働の時間なんだから起きろやー!」 メイプル: 「はい、おはよーさん。着替えるから部屋借りるわよー」 シナモン: 「ふたりとも起きないと寝坊しちゃうよ~?」 ショコラ: 「ふぁ~ごしゅじんさま、おはよーございますZzz……」 バニラ: 「なに、このさわぎ……? 私たち、でおくれたかんじ……?」 嘉祥: 「お前らは顔洗ってとっとと着替えて来なさい」 嘉祥: 「もうすぐ開店の時間になるぞ」 ショコラ: 「ふぁ~い、りょうかいで~すZzz……」 バニラ: 「りょうかい~Zzz……」 ココナツ: 「うぅ、お兄ちゃん……」 ココナツ: 「朝から何か色々とごめんなさい……」 嘉祥: 「ココナツが謝るようなことじゃないってば」 嘉祥: 「みんなには機会を見て俺から話しとくから」 顔を赤くしてうなだれるココナツの頭を撫でる。 ……まぁみんな内容は察してるっぽかったけど。 時雨の言う『女の勘』はネコにもあるのかもしれない。 嘉祥: 「……ま、後悔するようなことをしたわけじゃないし」 嘉祥: 「ここまで来たら開き直った方がいいかもな?」 ココナツ: 「……うん、そうだね」 ココナツ: 「ありがと、お兄ちゃん……」 ココナツ: 「ぼくもとっても幸せだったし、後悔なんてしてないから」 ……こんな笑顔してくれるんだもんな。 最初は流された感もあるけど……。 ……でも、これはこれで良かったかなと思ってしまう。 時雨: 「さぁさ、水無月の絆がまたひとつ強くなったところで」 時雨: 「今日も張り切ってお店を開けましょうか?」 嘉祥: 「そうだな、そうしよう」 嘉祥: 「ココナツも着替えて、今日もよろしく頼むぞ?」 ココナツ: 「はい! 今日も精一杯頑張ります!」 こうしてまた、今日もソレイユの新しい一日が始まった。 バニラ: 「ご主人はほんとエロだねー」 バニラ: 「私を動物DVDに釘付けにしておいた隙をつくとはほんと策士。エロパティシエ」 嘉祥: 「それはバニラが自分から見てたんだろが」 アップルパイの生地を成形しつつ。 焦げ目をつけるためのタマゴ塗り役のバニラに手渡していく。 バニラ: 「私だけ仲間はずれでエロいこととか、ちょっと気に入らない」 バニラ: 「ぶっちゃけ、そういうことなら私も誘って欲しかった」 嘉祥: 「バニラもほんとエロパティシエールだな……」 バニラ: 「いやいや、私なんぞまだまだ見習いレベル」 バニラ: 「でもエロパティシエールの響きは割と嫌いじゃない」 嘉祥: 「認めるのかよ」 口を動かしながら手を動かしていく。 いくらかストック分も確保して冷蔵庫に入れておく。 嘉祥: 「……でもネコってほんとにそういうとこに大らかなんだな」 嘉祥: 「ショコラにしてもバニラにしても、やっぱりヒトとは違うっていうか……」 バニラ: 「本来の猫にはそもそもが夫婦っていう概念がないでしょ」 バニラ: 「私たちみたいに家があって、ご主人がいて、勉強したネコはヒトっぽく育つだけで」 バニラ: 「嫉妬はしても排他的でなし。ネコの愛は深い。崇高」 バニラ: 「ね、アズキ?」 アズキ: 「お、おぉ? あ、ま、まぁな……」 アズキ: 「そ、そんなことより嘉祥! アップルパイの餡作り終わったぞ!」 アズキ: 「ここで冷ましとくから忘れんなよ?」 アズキ: 「あ、バニラその溶き卵こっちくれよ。重ね塗りしとくから」 バニラ: 「……何か今日のアズキ、やたら働き者だけど」 バニラ: 「朝からどうしたの? いったい」 嘉祥: 「いや、俺に聞かれてもな……」 朝からアズキがひとりでやたらとキビキビ絶賛労働中。 朝にメイプルとシナモンと多少騒いでたけど……どうしたんだろう。ほんとに。 アズキ: 「ここにあるパイは重ね塗りしちまっていいんだよな?」 嘉祥: 「あ、ちょっと待ったアズキ」 アズキ: 「あ? 何だよ?」 アズキ: 「…………って」 アズキ: 「お、オイ……! 嘉祥……!?」 嘉祥: 「ちょっとハケの角度が良くない。手、貸してみ?」 嘉祥: 「もっとこれくらい寝かして表面に乗せるみたいに……」 後ろからアズキの手を取って。 溶き卵付きのハケを実際に動かして教える。 アズキ: 「ぁ……う……か、嘉祥……」 アズキ: 「う……ぅぅ……っ……」 嘉祥: 「……とまぁ、こんな感じかな」 嘉祥: 「細かいとこだけど、少しでも生地に負担が――」 嘉祥: 「……って、アズキ? どうした?」 アズキ: 「…………はっ!?」 アズキ: 「べ、別にどうもしてねーよ!? ハケに負担が行かないようにだろ!?」 嘉祥: 「いや、ハケ自体はどうでもいいんだけど……」 アズキらしくないボケっぷり。 本人の反応を見るに、あんまり冗談っぽくないし……。 嘉祥: 「いやマジでどうした? 朝から変だぞ?」 アズキ: 「だ、だから別にどうもしてねーって……!」 アズキ: 「アタシは生まれた時からこんなんで――」 バニラ: 「…………?」 バニラ: 「……ふむ」 バニラ: 「アズキの尻尾にぎにぎ」 アズキ: 「んにゃあぁあぁあぁーーーっっっ!?」 アズキ: 「て、てめーバニラ! 急に何しやがる! ヘンな声でたろーが!!」 バニラ: 「ほほほほ、ついつい」 バニラ: 「アズキもなかなか可愛い声で泣きよる」 バニラ: 「まぁそんなわけで私は表の方へ。アデュー」 アズキ: 「…………」 アズキ: 「ったく、バニラのヤツはほんっと何考えてるかわかんねーよな!?」 嘉祥: 「まぁ……そうだな」 アズキ: 「とりあえず仕事しようぜ仕事!」 アズキ: 「次はなんだ、シュークリームのカスタードだっけか?」 アズキ: 「あー忙しい忙しい!」 嘉祥: 「…………」 ……アズキのテンションも良くわからないけど。 まぁ本人が追求して欲しくなさそうだし……。 ……とりあえず仕事なのは同意だしな。 アズキに合わせて黙って触れないでおくことにした。 アズキ: 「おい嘉祥。カスタード、こんなもんでいいか?」 アズキに呼ばれて振り返る。 机の上のボウルには、ソレイユ流に味付けされたカスタードが完成していた。 嘉祥: 「……本当にアズキは飲み込み早いよなぁ」 改めてその手際に関心させられる。 夕方になってアズキも普段通り。 ……本人が言うとおり、気にすることでもなかったかな? アズキ: 「問題なさそうならこれ冷蔵庫に入れとくからな」 アズキ: 「えーと、ラップどこだラップ……」 アズキがラップを探して机の下を覗き込む。 アズキ: 「お、あったあった。じゃあこれで――」 アズキ: 「あっ、やべぇカスタードが落ち――」 嘉祥: 「っと! 危ねっ!!」 引っかかって落ち掛けたボウルを捕まえる。 受け止めた衝撃で中のカスタードが飛び散ってしまう。 嘉祥: 「っと、大丈夫かアズキ? カスタードかかってないか?」 アズキ: 「わ、悪い嘉祥……! アタシは全然大丈夫……!」 嘉祥: 「うわ、かなりアズキに飛んじゃったな、悪い……」 嘉祥: 「服には……そこまでは付いてないか?」 アズキ: 「嘉祥こそ、手がカスタードまみれじゃねーか……」 アズキ: 「わりい、アタシの不注意で、せっかく作ったカスタードも……」 カスタードを顔に付けたまましょぼくれる。 嘉祥: 「そんな顔するなってば」 嘉祥: 「別に今すぐに必要なものじゃないし」 嘉祥: 「それに、アズキにはそんなロスなんて比べ物にならないくらい助けられてるしな?」 アズキ: 「いやそんなことねぇし、アタシの不注意だったから……」 顔を赤くしながらバツが悪そうに俯く。 ……別にこのくらい、本当に大したことじゃないんだけどな。 やっぱり何だか今日のアズキは変な気がする。 妙に遠慮がちって言うか、しおらしいって言うか。 そんなことを思いながら手に付いたカスタードを舐め取る。 嘉祥: 「れろ、ちゅ……」 嘉祥: 「……ん? 上手く出来てるなコレ」 アズキ: 「か、嘉祥……? な、何をっ……!?」 嘉祥: 「いやもったいないかなと思って味見」 嘉祥: 「ちゅ、れろ、れろ」 嘉祥: 「んー。そんな教えた訳じゃないのに、ここまで上手く出来るとは、ちゅ、ちゅ」 アズキ: 「そ、そうか……? べ、別にそんな大したことじゃ……」 アズキ: 「っ…………!」 アズキがソワソワしながら指先をもじもじ。 俺の方をチラっと見たり見なかったり。 ……マジで一体なんだろうか。 何か言いたげな感じではあるけど……。 嘉祥: 「……アズキも舐めるか?」 アズキ: 「はぁっ!? な、何だって!?」 嘉祥: 「いや、アズキも舐めたいのかなって思って……」 嘉祥: 「よく出来てるぞ、ほら」 アズキの目の前にカスタード塗れになった手を差し出す。 アズキ: 「な、舐めたいって……その、それは……」 アズキ: 「~~~~……っ!」 アズキ: 「……か、嘉祥が……そう言うなら……ちょっと、だけ……」 散々迷いながらもアズキが頷く。 嘉祥: 「あ、そこにちょうどティースプーンがあるから、それで――」 アズキ: 「はぁ……嘉祥……ん……」 嘉祥: 「…………へ?」 アズキ: 「ん……ちゅ、ん……ちゅ、れろ……ん……」 俺の手に小さな手を添えて。 震える舌先を遠慮がちに俺の指に這わせる。 嘉祥: 「ア、アズキ……? ちょ……え……えっ……?」 アズキ: 「れろ、れろ……ちゅ、は……ん、れろ、ちゅ、ちゅ……」 アズキ: 「はぁ、あまい……ん、れろ……ちゅる、えろ、れろっ……」 小さな舌がカスタードを掬いながら。 俺の指を何度も何度も舐め上げて来る。 アズキ: 「はむ、ちゅ……ん、れる、れろ……ん、ちゅ……」 アズキ: 「これ、くちのなか……やば……はぁ、れろ、ちゅる……」 アズキ: 「ぞく、ぞくして……わけわかんなくなって、くる……はむ、じゅるっ……」 熱っぽいアズキの表情。 ヌルりとした生々しい感触。 指先よりも少しあったかい舌の体温。 ……やばい、めちゃくちゃエロい。 予想外のことに固まったまま動けない。 アズキ: 「はぁ、あ……ん、んんっ……ん、ちゅ、ぢゅる……んっ……♪」 アズキ: 「じゅる、ちゅるる……んっ、は……ぢゅる、ぢゅるっ……♪」 アズキ: 「指の、根本の方も……ぺろ、手のひらも……はぁ、あまい……♪」 丁寧に、丁寧に。 指先から手のひら、手の甲まで舐め回してくる。 少しざらついた感触が絶妙で。 ぞくぞくとした快感が背筋に届いて来る。 アズキ: 「嘉祥の、ゆび……細くて、綺麗だなって……ずっと思ってた……」 アズキ: 「ケーキ作ってる時とか……ぢゅる、たまに撫でてくれる時とか……」 アズキ: 「この手……はぁ、んっ……♪ すごく、好き……じゅる、はむ、ぢゅるるるっ……♪」 フェラしてるみたいに咥え込んで。 舌で包むようにして音を立てて吸い上げる。 嘉祥: 「くっ……! ア、アズキっ……!」 予想外の快感に思わず声がこぼれてしまう。 アズキ: 「…………はっ!」 アズキ: 「ちょ、あっ……! え、えっと、そのっ……!」 アズキ: 「わ、わりぃ……! その、つい、ちょっとやり過ぎたってか……!」 嘉祥: 「あ、いや、別に謝ることはないけど……」 嘉祥: 「……ちょっと、予想外で驚いただけで」 アズキ: 「は? 予想外って……」 アズキ: 「じ、自分から舐めろって言って来といて、何言ってやがる……!」 嘉祥: 「いや別に直に舐めろって言ったわけじゃないんだけど……」 嘉祥: 「俺はティースプーンか何かで取るもんだと思ってたし……」 嘉祥: 「……まさかアズキが、直で舐めてくるなんて思ってもいなかっただけで」 アズキ: 「はっ……? ティ、ティースプーン……だと……?」 アズキ: 「それって、アタシが勘違いしたってこと……か……?」 アズキ: 「~~~~~っっっ…………!!!!!」 アズキ: 「ちょ……ちょっと、待って……!!!!」 アズキ: 「~~~~っっっ……!!! ~~~~~っっっ……!!!!」 アズキが背中を向けて冷蔵庫にしがみつく。 ……どうもアズキ自身も致命的なミスだったらしい。 声にならない声を上げながら、冷蔵庫をバンバンと叩いている。 嘉祥: 「あー……まぁ、その、なんだ……?」 嘉祥: 「別にその、気にすることないだろ? その、家族なんだしさ……?」 アズキ: 「今は……その気遣いが痛ぇ……」 アズキ: 「うおおぉおおぉあぁぁぁっっっ……!!!」 アズキ: 「なんで、なんでアタシはあの時に冷静になれなかったんだっ……!!」 アズキ: 「くそ、くっそぉぉおぉっっっっ……!!」 アズキ: 「死ぬほどミスった、痛すぎるっっっ……!!!」 冷蔵庫に向かって呪詛の言葉をうめき続ける。 ……まぁ、今はそっとしておこう。 聞こえないフリに徹することにした。 アズキ: 「か、嘉祥も嘉祥だろっ!?」 アズキ: 「あ、あの流れであんな風に言われたら誰だって間違えるわっ!!!」 アズキ: 「忘れろよ、頼むから忘れてくれよっ! いっそ殺せえぇえぇぇえぇぇっっっ!!!!」 嘉祥: 「よし分かった! アズキ休憩して来い!!」 嘉祥: 「こっちはもう大丈夫だから落ち着くまで好きなだけ行って来ーいっ!!!」 とりあえずアズキを2階に隔離することにした。 アズキ: 「…………」 アズキ: 「ん……んん……?」 アズキ: 「…………?」 アズキ: 「あっ! よ、夜っ!?」 嘉祥: 「あ、ごめんアズキ。起こしちゃったか?」 アズキ: 「え……か、嘉祥……?」 アズキ: 「す、すまねぇ……! ちょっとウトウトしてたら寝ちまって……!」 アズキ: 「い、今何時だ? もうだいぶ時間経っちまったよな……?」 嘉祥: 「いい、いい。いいから寝てろって」 飛び起きようとしたアズキをいさめる。 嘉祥: 「今は22時。閉店も終わって、みんな帰ったから焦らないでいいぞ」 アズキ: 「22時って……」 嘉祥: 「なかなか休憩から戻って来ないから見に来たら……」 嘉祥: 「アズキが俺のベッドで寝てて、全然起きなかったからさ」 嘉祥: 「疲れてるんだろうなって思って、俺が起こさなかったんだ」 嘉祥: 「アズキが寝づらそうだったから、着替えだけバニラにしてもらったけどな?」 アズキ: 「はぁ……そういうことか……」 アズキ: 「……悪ぃ、全然目が覚めなかったわ……はぁぁ~……」 片手で顔を隠しながら。 溜息と一緒に肩を落とす。 嘉祥: 「たまのことくらい気にするなって」 嘉祥: 「アズキだってお姉ちゃんとして気を張ってるし、疲れてる時くらいあるだろ」 嘉祥: 「それにさっきも言ったけどさ?」 嘉祥: 「アズキには普段からめちゃくちゃ助けられてるからな」 嘉祥: 「むしろ調子悪い時くらい遠慮なく言って欲しかったくらいだ」 嘉祥: 「……俺とアズキの仲だろ?」 ベッドに腰を下ろして。 アズキの頭を冗談めかしてぐしぐしと撫でつける。 アズキ: 「いや、別にマジで調子が悪かったわけじゃなくて……」 アズキ: 「寝不足だったのは、確かにそうなんだけど……」 アズキ: 「…………」 そのまま言葉尻を濁して黙ってしまう。 何かを堪えるように口唇を引き結んで。 ぎゅっと両手で布団を掴む。 いつもの調子の軽口も無い。 思わず心配になってアズキの顔を覗き込む。 嘉祥: 「アズキ? どうした?」 アズキ: 「……嘉祥が、すげー気遣ってくれるからよ」 アズキ: 「あんまり心配されるのもアレだし、ハッキリ言っとく……」 決意をしたように小さく頷いて。 赤く染めた顔を俺に向ける。 アズキ: 「……昨日の、見ちまってよ」 嘉祥: 「昨日のって……」 嘉祥: 「………………昨日の?」 アズキ: 「あぁ、その……ナッツと、ショコラと……その……」 アズキ: 「……モニョモニョしてたやつ」 嘉祥: 「あぁー……モニョモニョしてたやつな……」 察した。 俺も気まずくて思わず顔を逸らす。 アズキ: 「いや別に覗くつもりだったんじゃなくてよ……」 アズキ: 「ナッツのアホがずっとボケっとしてたから、心配してて……」 アズキ: 「後から店に戻ったらその……モニョモニョってわけよ」 嘉祥: 「……なるほどな」 ……ショコラとのことを、ココナツに見られてただけじゃなくて。 まさかその後をアズキにまで見られてるとは……。 ……流石にちょっと油断し過ぎだったか。 まぁやってしまったことは仕方ないけど……。 アズキ: 「まぁそれで、何かずっと気恥ずかしくてよ……」 アズキ: 「嘉祥も、優しい顔して……その、男っつーか……」 アズキ: 「……普段は、あんな顔見せねーじゃん」 アズキ: 「で、何かそういうの意識しちまうと……その、いつもの感じで顔見れなくてよ……」 アズキ: 「だから、別に体調が悪いとかじゃねーんだ……わりぃ……」 相変わらず顔を赤くして俯いたまま。 手持ち無沙汰な両手で布団の端をぐしぐしとイジる。 嘉祥: 「あー……それは、なんつーか、その……」 嘉祥: 「………………悪かった。すまん」 アズキ: 「い、いや別に謝れとかそういうんじゃなくて……!」 アズキ: 「アタシの方が勝手に舞い上がってたっつーか、その……!」 アズキ: 「ま、まぁとにかくそれで調子狂ってただけで……」 アズキ: 「……全然、心配されるようなことじゃねーから……はぁぁ……」 ぎゅっと両手を胸に押し当てて。 色っぽい溜息を長く吐き出す。 ……アズキってもっとこう、下ネタでもズバズバ言うイメージだったけど。 こんな照れてる顔とか見たことないし……。 ……正直、ちょっと可愛い。 不謹慎にもそんなことを思ってしまう。 アズキ: 「ま、まぁ……そんなワケだからよ……」 アズキ: 「アタシのことは気にしないで、ほっといてくれりゃーいいかなって……」 嘉祥: 「あ、あぁ……そういうことなら……」 お互いにバツが悪くて顔を背け合う。 バニラ: 「ご主人。大丈夫?」 嘉祥: 「あぁ、バニラ。大したことないから大丈夫そうだ」 嘉祥: 「ショコラはどうした?」 バニラ: 「ショコラは先にお風呂」 バニラ: 「今頃パンツ脱いでる頃だと思う」 嘉祥: 「そんな詳細情報要らんわ」 バニラ: 「まぁショコラは昨日お楽しみだったから、今日は遠慮してもらう方向で」 嘉祥: 「遠慮?」 バニラ: 「まぁまぁ。ご主人は気になさらずに」 バニラ: 「それで、アズキは大丈夫?」 アズキ: 「あ、あぁ。妹に心配されるようなことはねーよ」 アズキ: 「バニラも、アタシの着替えとかしてもらったみたいですまねーな」 バニラ: 「いえいえ。その程度のこと」 バニラ: 「で、アズキはほんとに大丈夫?」 アズキ: 「だ、だから別に大丈夫だって……」 バニラのしつこい追求にアズキが顔を逸らす。 バニラ: 「どうしたの? 顔逸らして」 アズキ: 「別に、何でもねーけど……」 嘉祥: 「…………」 ……バニラが何かを企んでる時の笑顔。 笑顔っていうかニヤニヤしてる。 アズキも何か気まずそうにしてるし……。 ……これは一体何なんだろうか。 そんなことを思いながら2匹の様子を眺める。 アズキ: 「じゃ、じゃあもう大丈夫だから帰るわ」 アズキ: 「色々と手間掛けさせてすまなかったなー」 アズキ: 「んじゃ、そういうことで――」 バニラ: 「ちょっと待った」 バニラがアズキの手を掴んで引き止める。 アズキ: 「な、なんだよ……? だから、もう大丈夫だって……」 バニラ: 「アズキ、本当はここにいたいんじゃないの?」 ズイ、とバニラがアズキに顔を近づける。 同じようにアズキがバニラと距離を取ろうとする。 でもバニラに捕まって離れられない。 アズキ: 「ほ、本当はって、何だよ……? アタシは別に……」 バニラ: 「素直にならなきゃ、ご主人に教えちゃうよ?」 アズキ: 「んなっ……!?」 バニラの言葉にアズキがビクッと体を震わせる。 嘉祥: 「俺に教えるって……どういうことだ、バニラ?」 バニラ: 「くす、ご主人はちょっと待ってて」 バニラ: 「ね、アズキ? 本当は帰りたくないんだよね?」 意地悪い微笑みを浮かべて。 バニラがアズキを後ろから抱きしめる。 アズキ: 「な、何をバラすっつーんだよ……!?」 バニラ: 「言わなきゃわからない?」 バニラ: 「アズキの着替え、したの私だよ? くすくす」 アズキ: 「~~~~っっっ……!!」 アズキ: 「そ、そんなこと言われても……!」 アズキ: 「アタシに、どうしろっつーんだよ……!?」 完全に怯えてるアズキの首筋に。 口の端を釣り上げたバニラが口唇を押し当てる。